私にとっての食べること。
私の食に関する価値観を一言で言うなら、「シンプルで、心も体も満たす」です。おなかが空いたからなにか食べる、暇だからなにか食べる、食べ物があるから食べる、栄養素を摂らないといけないから食べる、のではなく、食べることを人生の一部と捉えて、毎日毎日の一食を大切に食べて生きたい。
思考の原点
上記に記したような私の食に関する価値観が形成された背景には大きく二つの要因が関係しています。
一つは、幼少期からの見た目に関するコンプレックス
一つは母の存在 です。
この二つが複雑に絡み合いながらの人生を過ごしてきたことで私の今の価値観が出来上がったので、この二つは分けて、ではなく、合わせてお話していこうと思います。
まず、私の母について。母は基本の性格は優しくて、子どものことが大好きで、私含めた兄弟みんな、母からの愛情を深く受け、大切に育ててもらいました。ふわふわした雰囲気の人で、少し天然で、昔からおっちょこちょいな一面がありました。父がどっしりと構えていて笑顔がぶっきらぼうな人で、そんな父とは正反対だったので、それによって二人のバランスがうまく取れているような印象が小さいころからありました。
そんな優しい母、子どものことは大好きでしたが、食に関しては無頓着な人で、子どものために健康的な食事を、、というよりは、子どもが好きというものを与えてくれる、というような人でした。
次は私について。昔から体形含めた見た目に関してコンプレックスがありました。体形については、骨太でガタイがよく、お肉もつきやすい体質で、お世辞にも華奢とは言えないような体格でした。また、ニキビが小学5年生ごろからでき始めました。この自分の体形、ニキビのある顔がとにかく嫌で嫌で仕方なく、小学生のころから自分なりに調べたり情報収集をして改善しようとしていました。しかし当時はその知識や情報が正しいものかを正確に判断することができず、そこで得た情報をとにかく信じて今思えば、オリジナリティー満載の方法で実践していました。
私が実践した誤った行動
私は一度はまると同じものばかりを食べてしまう傾向がありました。なので、野菜ジュースが体にいいと聞いてからは200mlの野菜生活を一日8本くらい飲む、チーズが体にいいと聞くとキリのクリームチーズを一日3箱くらい食べる、のようななんとも偏った食生活が始まってしまったのです。母は子どもがこれが好きだというとそれ以降の買い物では必ず買っておくようにしてくれた人でした。なので、野菜ジュースが好きだからほしい!チーズが好きだからほしい!と一度いうとそれからの母の買い物リストには常に野菜ジュースやチーズが入るようになりました。今思えば、たとえ身体にいいとされているものでも適量を超えればむしろ逆効果になってしまう、とわかるのですが、当時の私は体にいいものは摂れば摂るだけいいに決まってる!というなんとも見当違いな思い込みがありました。
しかしこの認識が間違っていることに気づかず、自分では努力しているつもりでした。母も私のこの食生活に対して何も言わなかったので、正しい努力をしているつもりなのに肌荒れは治らず、痩せることもできない、つまり結果が出ない、とさらに思い悩む毎日でした。
この誤った食への認識は中学、高校生になっても大きく改善されることはなく、高校生時代は干しいもが体にいい、痩せる、と聞いて、ご飯としてはもちろん、間食として大量に摂取していました。また、グラノーラも健康にいい、という漠然とした情報を見て、それも真似して、朝食に丼ぶり一杯のグラノーラを食べていました。
けれど、高校生の途中くらいから「なんか自分の食事って他の子と比べてだいぶ偏ってるかも、、」と自分の食の認識が少しずれてることや、「自分の今の食事ちょっとおかしいと思うけどこれに何も言わない母って、食に無頓着な人かも、、」と思うようになりました。今までは大人の言うことは絶対だと信じていたので、深くは考えることはありませんでしたが、自分が大人に近づくにつれて、大人って自分が思ってるより大人じゃない!大人の母が何も言わないから大丈夫って思ってたけど、このままでいるのはよくない、自分がしっかり知識をつけて自立しないと、と思うようになりました。
自分の中にこの考えや危機感が芽生え始めたのがちょうど進路を考えるときでした。今までの自分の食への認識の大きな誤り、自分がしっかりして正しい知識をつけないといけないという気持ちから、食の専門家である管理栄養士に興味を持ち、その資格が取れる大学への進学を決めました。
しかし、自分の食への関する価値観の異常に気づきはしたものの、もう10年以上偏った食生活を続けていたのでこれを改善するのは一筋縄ではいきませんでした。今までの食生活ではだめ、と心の奥底ではわかっていても、我慢できずに食べてしまう、という矛盾が起こり、何とも苦しい状態が始まったのです。「体に良さそうなものならいくら食べても大丈夫」治したくてもこの思考に慣れた体は簡単には制御できませんでした。
この頃の私は、例えば、おせんべいなら他の洋菓子に比べて砂糖の含まれている量が少ないだろうから食べても大丈夫!という気持ちで食べ過ぎてしまう、、みたいな、一度食べ始めてしまうと尋常じゃない量を食べてしまうのが癖になっていました。その時の気持ちとしてはちょっと食べるのも、いっぱい食べるのも一度食べてしまえばもう同じ、という感じでした。
頑張ってその気持ちを振り切って、持ち直して、バランスの良い食事を続けるということができたとしても長くて2か月しか持たず、最近頑張ってるからちょっと食べちゃおうっと思って少し食べてしまうと、自分の中で何かが切れてしまい、そこから食欲を止めることができない状態が始まってしまいました。そしてある時急に、また頑張ろうという思考に戻って、バランスの取れた食生活を始める、そしてしばらくすると切れてしまう、の繰り返し。
自分の本当の意志にのっとった食事を意識できているときに客観的には極端な食事制限はしていないのですが、私の今までの食事量や食内容が一般的なものよりはかなり偏っており、量も多かったのでそれと比べるとどこかで物足りなさを感じてしまっていたのが原因だと思います。
頭の中で考えていることと行動が一致しない。この矛盾に大学生の間は苦しめられました。
みんなはちょっとジャンキーなものを楽しみながらも体形を維持できている、肌荒れしている様子もない。(その子もその子なりに努力はしていたと思いますが、それは客観的には見えないので見た目だけで判断してしまっていました。)
自分はジャンキーなものを食べてしまうと歯止めが利かなくなって、食べているときでさえ、罪悪感を感じながら食べ、食べた後も罪悪感に飲まれ、美味しいはずの食事を心から楽しめない、そんな状態で、みんなと違う自分が本当に本当に嫌でした。
しかし、この、辛いでいっぱいだった心がだんだんと変わっていきました。
なにか特別大きな出来事があったわけではありません。ただ、日々起こる小さな出来事、日々、自分の中に現れる小さな感情に常に向き合い続け、考え続け、情報を集め続け、経験したことによって徐々に徐々に思考がプラスの方へ動いていったのです。
しかし、まだあの苦しさから完全に抜け出したわけではありません。
小さいころから、適切な判断ができて、食生活が大きく偏ることがなければこんなに苦しまなくてもよかったかもしれない。世の中にあふれる美味しい食事をみんなと同じように心の底から楽しめていたかもしれない。
この思考は完全には捨てきれていません。
こんな過去があったからこそ、今の自分は人より食に対して敏感にセンサーを張ることができる、健康的な食事について、人並み以上に追及したいという気持ちを持つことができている。それに、こんな過去が仮になかったとしても今の私のようにならない保証はない、上記に書いているように全部、全部、”かもしれない”、がつく。
ありきたりな言葉になりますが、選んだ道、進んできた道を正解にするために今は今の自分に向き合い続けています。
私がたどり着いた食事
長々とお話してしまいましたが、食について人とは少し違う生き方をしてきて私が得た食への価値観を綴りたいと思います。人によっては極端な考えに思えるかもしれません。こんな考えの人もいるんだなというくらいで読んでいただけたら幸いです。
今の私の食事の基本は、”シンプル”です。この記事の見出しにもなっています。
ここでいうシンプルとは、できる限り素材の味や風味を生かし、楽しむというものです。
これまでの人生、これでもかというくらい見た目に関するコンプレックスに苦しめられ、そして食が体に与える影響を嫌というほど感じてきました。そのフィルターがかかっているせいか、身体に入れるものはできるだけシンプルなものにしたいという思考がどんどん強くなっていきました。
できるだけ添加物を抑えた、身体にやさしい食事、小学5年生から苦しめられてきた体のコンプレックスがこの食事を意識するようになってから徐々に改善されていったことが大きく影響しており今は外食よりも既製品よりも自分で一から調理した食事が一番心から美味しく感じ、食べることができています。
健康とは、身体だけでなく、心がそうであることが必要とされています。過去の自分の食生活が自分のコンプレックスに影響していたトラウマから、今の私の心の健康のためにはこのシンプルな食事が肌に合っているのです。余計なものは入れないから体も心も軽い状態で食事をすることができる。
何よりも罪悪感を感じることなく食事をできるようになったことが私の中で大きな変化で、今は心から食事を楽しむようになりました。
しかし、この思考はちょっともったいないなと思う気持ちもあります。世の中にはちょっとカロリーが高かったり、添加物が多かったり、たくさん食べると健康にはあまりよくないけれども、美味しい食べ物がたくさんあります。でも私はこの価値観のせいで心からその食事を楽しむことができないからです。
今お話した私の食への価値観はあくまでも現時点、これからもっとたくさんのことを経験して、たくさんのことを学んで、どんどんどんどん変わっていくんだと思っています。今の自分は少し極端な思考になっているけれど、この考えがコンプレックスの解消によってちょっとずつ緩和されていくといいなと思っています。

コメント